小糸焼とは

小糸焼の歴史

1620年代の寛永年間に飛騨高山藩3代目藩主であった金森重頼は、以前より都に隠棲していた茶道宗和流の開祖であり、兄の金森宗和からの勧めから、京都の陶工・竹尾源十郎を招き入れ、岐阜県高山市の高山城下にある小糸坂という地域で陶器を焼かせたことをキッカケに、小糸焼が始まったと言われています。
しかし、元々小糸坂は寒冷地であり、焼き物に適した気候ではなかったため、20年程度で廃業してしまいました。

その後も200年程後の天保七年(1826年)に、高山の豪商である細江嘉助、平田忠右衛門が陶工である戸田柳造を瀬戸から招き入れてみたものの、結局5年程度で同じく廃業となりました。
なかなか長期的に続かなかったのですが、戦後に陶芸家である長倉三郎とその息子が発掘調査を行い、再現されたため小糸焼は再び焼かれるようになったのです。

釉薬、伊羅保釉の使用

小糸焼きは、伝統的な釉薬である「伊羅保釉(いらぼゆう)」が使用されています。
伊羅保釉は赤土の混ざった釉薬で、焼きあがると茶色の色合いへと変化して、つるつるとした焼き物でなくざらついた重みのある質になります。

この伊羅保釉は全てが茶色ではなく、深みのある藍色の「青伊羅保釉」や緑色の「うぐいす」もあります。
独自に生み出された青伊羅保釉は、何種類もの釉薬と化粧土を組み合わせて吹き付けをすることで生まれる色となり、近くで見ると茶色や黄色も混ざっていることがわかります。
この色の渋さは、釉薬の配合など微妙な加減で出されています。
藍色の中でもどことなく広い空のような幻想的な色合いで、1番の人気となっています。

小糸焼の特徴

小糸焼は、最初は独特なごつごつと感じる質感も、使用しているうちになめらかに変化していき、色も同時に変化していきます。
見ても楽しむことができて、また使っても味を感じることができるのが小糸焼の大きな特徴とも言えるでしょう。

伊羅保釉、青伊羅保釉、うぐいすの3色を使って楽しんでみてはいかがでしょうか?

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